老人ホームのミキサー食を深く知る:安全と栄養、そして「美味しい」を追求する介護食の形

老人ホームで提供される「ミキサー食」は、食べ物を噛むこと(咀嚼)や飲み込むこと(嚥下)が困難になった高齢者のために、食事をミキサーにかけてポタージュ状にした介護食です。
安全に栄養を摂取するための重要な食事形態ですが、近年では、単に食べやすくするだけでなく、栄養価の向上や「食べる楽しみ」を追求する様々な工夫が凝らされています。

ミキサー食の基本と安全な提供

ミキサー食は、加齢や疾患により咀嚼・嚥下機能が低下した方にとって、誤嚥性肺炎などのリスクを減らし、安全に食事を摂るための生命線とも言えます。

主な対象者

  • 歯がほとんどない、または義歯が合わない方
  • 顎の力が弱く、食べ物を噛み砕けない方
  • 飲み込む力が弱く、むせやすい方

安全のための基本原則

安全なミキサー食の提供には、その「物性」、つまり粘度や均質性の調整が不可欠です。
日本の多くの施設では、日本摂食嚥下リハビリテーション学会が策定した「嚥下調整食分類」が指標として用いられています。

嚥下調整食分類コード2相当
ミキサー食は、この分類の「コード2」に相当します。
これは「ピューレ状、ペースト状、ミキサー食など、均質でなめらかで、べたつかず、まとまりやすいもの」と定義されており、スプーンですくって食べられることが前提です。

とろみの重要性
水分が多すぎると、意図せず気管に入りやすくなり誤嚥の原因となります。
逆にとろみが強すぎると、喉に張り付いて窒息のリスクが高まります。
そのため、「とろみ調整食品」を使い、一人ひとりの嚥下能力に合わせた適切な粘度に調整することが極めて重要です。
とろみ剤は、ダマにならないように素早く混ぜ、製品によって固まるまでの時間が異なるため、使用方法を遵守する必要があります。

栄養を損なわない工夫

ミキサー食は調理の際に水分(だし汁や湯)を加えるため、同じ量の常食と比べて栄養価が低くなりがちです。
高齢者の低栄養を防ぐため、栄養価を高める様々な工夫が行われています。

栄養価を高める主な方法

水分量の見直し
加える水分を最小限に抑え、だし汁や牛乳、豆乳など栄養価のある液体を使用します。

高栄養価食品の活用

水分量の見直し
加える水分を最小限に抑え、だし汁や牛乳、豆乳など栄養価のある液体を使用します。

高栄養価食品の活用
油脂類:バターや生クリーム、オリーブオイルなどを加えることで、風味とエネルギーを手軽にアップできます。
栄養補助食品: MCT(中鎖脂肪酸)オイルや、たんぱく質・脂質・炭水化物が補給できる「PFCパウダー」などを活用し、少量でも効率的に栄養が摂れるようにします。

加水ゼロ調理法
スベラカーゼ」のようなゲル化剤(固形化補助食品)を使い、水分を加えずにお粥とおかずを一緒にミキサーにかける調理法も開発されています。
これにより、栄養価を損なうことなく、滑らかなミキサー食を作ることが可能になります。

「美味しい」を追求する工夫

ミキサー食の最大の課題の一つが、見た目の問題です。
すべての食材が同じような形状になってしまうと、何を食べているのか分からず、食欲の減退につながりかねません。
そこで、食の楽しみを少しでも感じてもらうための工夫が重要視されています。

見た目を楽しくする工夫

一品ずつミキサーにかける
手間はかかりますが、主食、主菜、副菜を別々にミキサーにかけ、それぞれの色合いを活かして盛り付けます。

彩りの活用
人参(オレンジ)、ほうれん草(緑)、かぼちゃ(黄)など、色の鮮やかな食材を使い、料理を華やかに見せます。

食器の選択
白い食器は料理の色を引き立て、暖色系の食器は食欲を増進させます。仕切りのあるプレートを使うのも効果的です。

成形技術
ゲル化剤で固めたミキサー食を、食材の形をした型(シリコンモールドなど)で抜いて、元の料理の形に近づける取り組みも行われています。
例えば、人参のミキサー食を人参の形に成形することで、視覚的に料理を認識しやすくなります。

デコレーション
ソースで模様を描いたり、安全に食べられる粉末パセリなどを振りかけたりと、ちょっとした工夫で見た目は大きく変わります。

味わいを深める工夫

元の料理の風味を活かす
調理で使った煮汁やソースをミキサーにかける際の水分として利用することで、料理本来の風味を保ちます。

香りの活用
食前にミキサーにかける前の料理を見せて香りをかいでもらうことも、食欲を刺激する有効な方法です。

味の変化
いつも同じ味付けにならないよう、和風、洋風、中華風など味付けに変化を持たせることも、飽きずに食べてもらうための大切なポイントです。

ミキサー食は、単なる「噛まずに飲める食事」から、食べる人の尊厳と喜びに寄り添う「個別のケア」へと進化しています。
安全と栄養を確保した上で、いかに「美味しく」提供できるか。
老人ホームにおける食の探求は、これからも続いていきます。